


こんにちは。家づくりの職人集団、寺田建築です。
さて、"家を建てよう"と思い立ったとき、みなさんはまず何をしますか? きっと、近所のすてきなお宅を眺めたり、住宅展示場へ足を運んだり、マイホーム雑誌をめくって、「あんな家に住みたい」「こんな家がいいな」と未来のわが家を想像することでしょう。芽生えたばかりの熱意と喜びは、すくすくと成長し、茎が伸び、葉が繁り、やがて完成とともに大きな花を咲かせるに違いありません。その先に培われるご家族の幸せを願って、みなさんのマイホームの夢が実を結ぶ過程をご一緒したい、寺田建築はそんなふうに考えています。
100パーセント・オーダーメイド。これが私たちの基本。この世界にはひとつとして同じ家はありません。なぜなら、住まいはそこに暮らす家族の個性そのものなのですから。オンリーワンの輝きを正面から見つめ、たったひとつを丹精込めて生み出す。職人集団を名乗っている通り、家づくりに対して私たちは、業界でも頑固者と言われるほど強いこだわりを持っているのです。
木と語らい、壁・床・屋根材など住まいの構成要素を研究吟味して、「これこそは」というものだけをご提案することが当社のスタイル。家は単なる飾りではなく、住処として有効に機能して初めて本物の住まいになることができるのです。そのためにも、お客様が思いもよらないアイデアをカタチにして、うれしい驚きをプレゼントしたい。使い勝手を考え、あらゆる工夫を散りばめて、この世にひとつきりのわが家をお届けできたらと願っています。
年々、建築技術や住宅資材が進化するように、私たちの腕と発想も日々、進化熟練を続けています。お客様からいただく『家づくり名人』の評価が何よりの誇り。現場でお客様と"夢を追いかけるいい顔"を競い合えたら、幸せです。
代表取締役社長 寺田周可


住まいはこの先、何十年と住む継いでいくもの。工事中は準備中のようなものです。寺田建築ではお引き渡し後からが本当のお付き合いの始まりだと考えています。
完成後はお客様のホームドクターとして、責任を持ってメンテナンス点検やコミュニケ―ションを行いながら、住まい手と一緒にその住まいを見守り続ける存在でありたいと思っています。
寺田建築は、「いつもそばにいる存在」「大切な住まいを長く任せれる存在」「災害のあったときでもすぐに駆けつけてくれる存在」そんな、地域密着の安心の存在を目指しています。


寺田建築の家はひとつひとつがオーダーメイド。和風、洋風、和洋折衷のいずれの形態にも対応し、お客様の好みに合わせて最良のプランを提出しています。
『純和風住宅』では、本格桧の大黒柱はもとより、4寸を基準構造として考え、欄間や天井、玄関に高品質をそろえて本物志向の住まいをお届けしています。
バリエーションの幅が広い『洋風住宅』は、洗練されたデザインに独自のアイデアをプラス。環境にやさしい無公害素材を導入し、耐久性と居住性に優れた高品質住宅に仕上げています。また、尺寸法による従来工法に加えて、メーターモジュールのメリットを活かしたゆとりの住まいも提案。厳選された材料と確かな技術でつくる寺田建築の家は『高耐久性木造住宅』の承認を受けています。さらに当社の最大の持ち味は創意工夫と遊び心。住まいのあちこちに斬新な発想を盛り込んで、ご家族の期待に応えることはもちろん、完成後、お仲間を招いて自慢できる家を目指しています。
夏涼しくて、冬暖かい。電気やガスの空調に頼らない自然換気の家をつくれないものか。そんな思いが「スーパーウォール」(トステム)との出会いを引き寄せました。在来軸組に高性能パネルを取り付け、計画換気システムと冷暖房を取り込むこの方法は、木のやさしさをまるごと生かせるので、本格木造住宅にぴったり。各所に発生する隙間を最小限に止め、住まいをそっくり魔法瓶のような状態にして、最適な室温を長時間維持することができます。この画期的なシステムを取り入れたことで、寺田建築の家は快適性への扉を大きく開きました。もちろん、完全オリジナルを指向する提案設計のスタイルはそのまま。よいと認めたものは積極的に採用し、こだわるところは徹底的にこだわる、この姿勢はこれからも変わることはありません。
静岡県西部エリアを中心に200棟近い住まいを手がけてきた寺田建築。家をつくるにはまず、気候風土をはじめその土地の全貌を知り尽くさなければなりません。遠州地方は全国的に日照時間が長く、年間を通じて風が強い。人は穏やかで、広々とした空間を好む。そうした特性を職人たちはひとりひとり肌で感じ取っています。地元で生まれ、故郷を流れる水を吸い上げ、光をふんだんに浴びて育った天竜の木で、自然素材の家をつくろうと私たちは考えました。湿度に敏感に反応して伸びやかに呼吸する木、その中でも天竜材に惚れこんでの決断です。日本三大美林に数えられる天竜の杉や桧は誰もが認める一級品。自然素材の家の登場で、寺田建築の流儀がまたひとつ幅を広げました。
